奥州街道(2)

奥州街道歩きの2回目で、JR氏家駅からスタート。
氏家宿は氏家駅から500m程度離れたところを通っており、それなりに家が並んではいるが、家か多い部分は短く、すぐに街から外れたようになる。

写真は氏家宿を出てすぐにあった長屋門であり、これは紡績で財を成した方の屋敷とのことで立派なものである。このあと国道に合流するが、旧道の雰囲気も何もなく単調な道が続く。

 


喜連川宿に近いところに旧道と言われるものが残っており、市指定の文化財となっている。道の両側はほとんど手が入れられていないようであるが、残念ながら距離も1kmも無いような短さで、さらに路面は舗装されたものである。ここはほとんど通る人がいないようで、路面の多くの部分は苔で覆われていて、滑りやすく歩きにくい。

 


喜連川は温泉があり、JR東の関連会社も温泉付き分譲住宅を販売しているため、宿場には温泉宿もあるかと思っていたが、温泉まんじゅうを売っている店や、日帰り温泉の看板は見たが、全くと言っていいほど何もない。
どうも温泉が散在しており、また温泉設備なども散在してしまったため、まとまった観光地にはならなかったものと見える。JR東の関連会社が分譲している温泉付き住宅も、喜連川から相当離れたところに標識があった。

喜連川宿からしばらく歩き、県道からそれて旧道に入る。この旧道はほとんど農道のようになっており、その両側には広いソバ畑が広がっており、白い花を咲かせていた。(この途中に南和田の一里塚があるとのことであったが、見つけられずに通り過ぎてしまった。帰ってから調べると、この農道からすこし東側に本来の旧道があり、これはほとんど狭い谷のような堀割状であり、この両側に一里塚はあったようだ。)


旧道かを抜けて1時間半ほど歩くと佐久山宿に入るが、ここもほとんど宿場町の感じは残っていない。何も写真をとらずに通り過ぎるのもしゃくなので、あまり古くはないと思えるが、なまこ壁の蔵があったのでこれを撮る。

 

佐久間宿から次の大田原宿までは県道となっている。
佐久間宿のはずれで。女性人連れで歩いているグルーブがいたので声をかけてみると、やはり奥州街道をあるいている人たちであった。奥州街道を歩いている人にはこの後も出会うことはなく、これまでの街道とは違い、歩く人が少ないとみえる。

この日は大田原宿まで。39,800歩。(2019年9月17日)

2019年09月24日